輝ける先輩達 第7回

神とよばれた男
秘境ブータンの国造りに生涯を捧げ
たダショー・西岡
西岡 京治氏 (高3期)

 シリーズ(6)は、地域医療に生涯を捧げた「西成の赤ひげ」こと本田良寛氏であったが、今回はヒマラヤの王国ブータンの国造りに生涯を捧げ、"真の国際協力"をなしとげた西岡京治氏である。
 氏については「八尾高校百年誌」でも書いているし、「ゆうかり塾」でも奥様にお話をしていただいているが、まだまだ輝ける先輩西岡氏を知る同窓生は多くないと思うのでとりあげることにした。特に若い同窓生諸君や八尾高現役生が、本田氏や西岡氏の生きざまから多くのことを学んでいただきたいと願いながら…。

 1992年3月、ダショー西岡(1980年ブータン国王は西岡京治氏の功績をたたえて、英国のサーにあたる称号″ダショー″を贈った。)の葬儀が、国葬として営まれ、王女や閣僚をはじめ、5千人近い人々が参列し、40人のラマ僧の読経の中茶毘に付された。ブータンのすべての人がダショーの死を悲しみ涙を流した。
 では、ダショー西岡がブータンでなしとげた功績とはどのようなものだったのか。
 氏がブータンの農業指導を通して国際技術協力の理想的なあり方を示した、たぐいまれな人であることを最も早く多くの日本人に強く訴えかけたのは、本多勝一氏の記事「『ダショー西岡』にこそ国民栄誉賞を」(朝日ジャーナル、1992年5月1日号)である。
 氏は1964年、コロンボ計画農業専門家としてブータンに派遣されたが、まずとり組んだのは野菜づくりの指導であった。村人が目を見張るような収穫をあげ、日本式野菜栽培法はたちまち全国に広まった。ついでとり組んだ稲作でも収穫を飛躍的に伸ばした。5年間で700ヘクタールの水田を開発し、5万3千人の焼畑農民が水田耕作に切り替えた。氏の農園は、全国に種子、苗木を供給する他、農機具の製作から土木機械の貸し出し、修理工の訓練まで引き受け、文字通りブータンの農業センターとなった。
 このようにして氏は、ブータンの農業と人々の暮らしを根本的に変革して豊かなブータンの国造りに大きく頁献し、ブータンの人々の信頼を一身に受けることになったのである。
 しかし、氏の功績は、「こうした技術援助そのもの以上のところにあった。」と川喜田二郎氏は指摘し、「西岡君は、今後の世界に向かうべき真の国際協力のあり方を身を以って示したのである」と語っている。
 そこで、この両氏の発言、主張の意味を西岡氏自身の口から聞いてみたい。
 「これまでの(いまも)国際支援は、大規模プロジェクトの実施や、実験室内だけの援助でこと足れりとして来た。上から与えられた援助であり、そして多額の資金が空費されているのが実情であった」のに対し、氏の援助は「大金をかけた援助ではなく、農民の声を徹底的に聞き、農民が真に必要とする技術を考え、普及させること」であり、それが本当の国際協力だと言う。つまり、「その土地にふさわしい援助、農民が自力でやることへの手伝い」が真の国際協力であるとの哲学を貫き、身を以って実践したのである。
 しかし、残念なことに、このような氏の功績は日本の政府に評価されることなく、氏の農業支援にとって必要とされた資金も日本政府からではなく、インドなどの資金に頼るということもあったというのが実情であった。
 本多氏は、西岡氏の功績、国際的貢献について「わかり易い例えで言えば、西岡は農業における野口英世とも言えようか。その第三世界への影響力、今後の国際社会へのあり方への示唆からすれば、功績はもっと大きく、かつ広いかも知れない」と記し、そして「世界に誇るべき現代の日本人をあげるとすればこのような人物ではなかろうか。西岡氏こそ真に国民栄誉賞に値すると思う」と一文を結んでいる。
 このような西岡氏の早すぎる、突然の死をあらゆるブータンの国民が悲しみ、涙を流したのはまさに当然のことではあるが、28年間にわたって氏の残した業績は、氏の死後もブータンに根をおろし、人々に受けつがれている。
 なお、奥様の西岡里子さんが西宮市で、京治氏の遺志をついで「ブータンハウス」を主宰されています。(http://www.geocities.jp/bh_kurakuen/sub2.html)

続報

 2006年度の中学校、道徳教科書「あすを生きる」(日本文教出版)と英語教科書「TOTAL ENGLISH」 (学研図書)が、あいついで、ダショー西岡の活動をとりあげました。その目的、趣意について「実際に異国で活動する人々を通して、国際社会において真の国際人に求められるものは何かを考えさせる。偉業を成し得た人物だけでなく、草の根で活動する人々にも着目させたい」(「あすを生きる」)「ヒマラヤの王国ブータンで西岡京治が行った活動を通して国際協力のあり方について考えさせる」(「TOTAL ENGLISH」) と記しています。
 西岡京治氏は文字通り日本の国際協力史上で空前絶後の人≠ナす (西岡氏のJICAの後輩 津川智明さん)。


   
あすを生きる              TOTAL ENGLISH

(TOTAL ENGLISHのPDFファイル ここをクリックしてください

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